小枝's Blog "cm(センチ)な距離で…"

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zoom RSS /*/『回想録 ◆◇◆ その壱』\*\

<<   作成日時 : 2014/09/11 00:40   >>

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*ANNA SUI*





















 

 私の父は明治四十二年生まれ、母は大正五年生まれ。両親は共に八月に亡くなった。

今から三十年前の八月七日に母を、そしてその三年後の八月二十一日に父を看取った。


 
 母は岩手県の九戸郡生まれ。父親(私の祖父)は小学校の教頭をしていたらしいが、

「都会に出て一旗揚げたい」という野心が疼いたのか

妻(私の祖母)に、「目途が付いたら呼び寄せるから、それまで待っていろ」と単身上京。

当時まだ母は父親の姓を名乗っていなかったという。昔の田舎に在ってはそんな具合で

結婚、速やかに入籍、というパターンをとらないケースも往々にしてあったらしい。



 そうした中、場数を踏んでいる人生の先輩である婆さま連中は異口同音にして、

「男をひとりで東京なんぞに行かせたら、ろくなことになんねぇぞ。

さっさとお前も子供さ連れて、東京へ行けっ」と嗾けられたようだ。

「まっ、そんな経緯でさ。あたしの母親もまだ若かったし要するに不安だったんだろうね。

で、あたしは母親に連れられて東京へ出て来たってわけ。」と母は自らのルーツを

あっけらかんと話してくれた。



 私が思うにこの段階で、祖父の野心(望)は些か萎えてしまったのかもしれない。

「目途が付いたら呼び寄せると、あれほど言ったのに何で出て来てしまうんだ」と

思わぬ妻子の上京で彼は戸惑ったには違いない。でもそこは夫婦とやら…

居てくれればこれに勝る心強さ、張り合いがあったのも確かなのではなかろうか。

 
 どうにか所帯を構えることができたのは、台東区浅草の稲荷町界隈。

ここで祖父は硝子や鏡などの文字入れ技術を生業とし妻子を養っていくことに。

文字を書くことは好きな人だったらしいのでそれはそれで祖父の希望、志し、本意、

そういったものから逸脱した結果になったとは言えないだろう。

 














 やがて母の下には弟が三人生まれ、家族は六人に膨れた。

その三男坊は俗に言うところの口減らしとやらのために養子に出されたらしい。

実のところ、長女である母が真っ先に養女に出されたと言っていたが、

その時、母は里親になるご夫婦のことを

「見知らぬおじさんとおばさん、それをいきなりお父さん、お母さんだなんて呼べやしないよ。

どんなに貧乏してたって子供は、ほんとの親がいいに決まってるじゃない。」

そして数日後…母は黙って里親の家から、自分の足で歩いて戻って来てしまったのだそうだ。

「養子に出すには、あたしがちょいとばかし歳を喰い過ぎてた。

それに里親先が近すぎたんだよ(笑)あれは恐らくあたしの親も誤算だったんだと思う。」

自ら起こした養子不適合騒動(笑)を振り返りながら話してくれたあの時の母の笑顔が

とても可愛くて、そのくせ口調はどことなく哀しげで、

私は今でも忘れられない。

 

 養子に出されたこの叔父だが、自分だけが養子に出されたことを晩年になっても尚、

「俺、ほんとに寂しかったんだぜ…」と姉弟四人がたまに集まると吐露していたらしい。

でも、長女である母と長男の叔父に言わせれば、

「そりゃ確かにそうかもしれないけれど。最上級の教育を受けさせて貰えたのは、

うちら姉弟じゃお前だけ。それもこれも養父母のおかげだろう。」とシニカルに言っていた様子。

「そういう問題じゃないんだってば、って…弟は言いたげだった。

知ってるわよ、弟の気持ち。自分だけが親兄弟から引き離されて、さぞ悔しかったろうし、

悲しかったんだろうなぁと。それを想うと姉弟で心が傷んだし、

当時はお互いまだ子供。弟が他の家の子になるわけだから、こっちだって寂しかったさ」と…



 母は自分の家族で行なわれた口減らしというシビアな現実を私に説いて聞かせてくれた。

一人娘で甘やかされて育った私には、その寂しさが今いち実感として掴めなかった。

その時の母の眼差しは少し遠くの虚空に向けられ、居はしない幼い弟に

まるで詫びているように見えなくもなかった。


















 話が戻るが・・・

当時の流行病であった肺結核に蝕まれた母親(私の祖母)の介護と

幼い子供四人との生活は並大抵のことではなかったとも聞かされた。

子供達と更には自分にも伝染(うつ)らないようにと、祖父の注意喚起は半端じゃなかったらしい。

母親の口にふれた食べ箸や茶碗の類から衣類、寝具まわりにいたるまで

二男三男は、まだまだスキンシップをしたがる歳だったらしいので、母は勿論のこと

「お母さんに近寄るんじゃないぞ」とのお達しは、可哀想に思えてならない。

そして、愛しい我が子達を力の限り抱きしめてやれなかった祖母の無念も計り知れない。



 やがて祖母は介護の甲斐なく、三男一女の子供を残し四十路の手前で他界したという。

そんな渦中に置かれた幼い母は、弟三人と父親の世話もやかねばならぬ小さな主婦だったようだ。

自分が遊びに行くにも弟を背中におんぶし、更に手を引いて出掛けていたと…

こういう状況は当時には珍しいことではなかったようなので母も別段、嘆きもしなかった

と言っていたが、そこはまだまだ遊びたい盛りだったはずの母。

恐らく本音は違っていただろうに。





 そう… そこなのだ。

そこが、私の母の強さ・凄さの起源のように思えてならない。

人が善く且つ騙されやすく、長いものには巻かれろといった一面を持っているかと思いきや、

いざ大切な局面に至り困窮極まって来るに従い形勢不利に持ち込まれると

「これでも駄目なら、次はこの手だ」と言わんばかしに芯の強さを見せてくる…

母は そんな女性だった ━





==============================================================================






 そうした部分を私はインプリンティングされているのかもしれないと、

最近富みに、そう想うことが多くなってきているのが分かる。

次第に亡き母の年齢に近づきつつある今…

《親の意見と冷や酒は後で効く》の言葉がやけに胸に沁みてくるのを感じながら、

ふと 回想録を綴りたくなった私が、ここに居る。 




                         (二〇一四年九月十一日 記)





 
                                      - 続 -
























画像



















 





















✲ご挨拶✲

回想録はその都度 思いだせた内容を補足・追記する形をとらせて戴きたいと思います

他カテゴリー記事と混在での更新になりそうですがその旨を予めご了承下さいますよう 

- 小枝 -



























。.。..。.・*北海道にて撮影*・.。..。.。
画像



◆*◆
本日(9/12) Googleの画像検索を用い海外の方のブログにてこちらの花がヒット

その名をコピーし国内サイトに移動した結果

この花の名はプルサティラ ヴルガリス(西洋翁草)とのことでした
◆*◆















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コメント(19件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
回想録、拝見致しました、一旗揚げるべく岩手から単身、東京の浅草へ行かれた御尊父様、大変苦労された事と思います、ご家族が上京された事は大きな励みになった事でしょう。私の両親も明治生まれ、新潟から東京へと一旗揚げるべく上京したのでした。何となく通じるものがあり興味を持って拝見させて頂きました。
毎日日曜人
2014/09/11 16:22
こんばんわ 初めましてm(_ _"m)ペコリ

私の拙いブログに気持ち玉を戴き

ありがとうございました

立派なブログにビックリ カキコしてもいいのか

迷いましたが まずは お礼まで
H・R
2014/09/11 21:08
こんにちは。初めてブログにお邪魔します。

私のブログへ気持玉やコメントを頂きありがとうございました。写真と回想録を拝見しました。ご両親は明治と大正のお生まれで、小生と同じですね。薔薇の花が舞っているブログは素晴らしいです。
華の熟年
2014/09/11 21:58
■□毎日日曜人さん へ□■

お越し下さってどうもありがとうございます。ご両親様も明治生まれとのこと。
志しをおなじゅうして上京されたという点も相通ずるものがございますわね…
明治と大正の息を掛かけられ育った私にはアナログ人間であることの美徳、奥ゆかしさが
どうしても切り捨てることが出来ません。進化はもうこれでじゅうぶんと呟く瞬間にも
待ったなしで進化していく家電機器や、デジタルで情報が処理されていく様は
あたかも《枯れ木に水はやるまじ》と言いたげな、高齢者に優しくない現実の中で
老後を泳ぎ切るにはどんな泳法をすれば良いのか?と・・・
私たち夫婦は泳げずして、
  人生の放課後は、狭い校庭からちっちゃな空を見上げながら
     肩寄せ合いそれでも楽しい時間を1分でも長く過ごせたら…と想います。

またのお越しを 心よりお待ちしております。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/12 01:26
□■H・Rさん へ■□

ようこそお越し下さいました。
ブログの開設は昨年1月。まだまだ、やりたいスキルの半分も習得できていません。
人生は死ぬまで勉強!とよく言っていた亡母の刷り込みもあり(笑)、良くも悪しくも私は
これからも好奇心のアクセルを踏み込みながらぶつかるまで(身体が動けなくなるまで)
オーライ!で行きたいと思っています。

是非またよろしくお願いいたします。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/12 01:35
□■華の熟年さん へ■□

拙ブログへのご来訪どうもありがとうございます。
自身のブログで行ないたい設定は全てネット検索で情報収集しています。
「門前の小僧習わぬ経を読む≠ニ言って、真の意欲があるならばそれぐらいの気迫で
事に臨むもんだよ」ーこれも亡母が、よく私に説いてきた言葉の1つなもので。

華の熟年さんのブログを拝見しては、とても豊富な知識をベースとし記事をおこして
おいでになるので敬服している次第です。
宇宙に関心をお持ちであることから、共感しあえることに出会えるのを楽しみにさせて
戴こうと思っております。

これからも どうかよろしくお願いいたします。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/12 02:00
小枝さん はじめまして。
気持ち玉をいただき有難うございます。
心癒されるBGMと美しい映像のブログですね。
私の両親も明治と大正生まれなので 回想録を興味深く読ませていただきました。
これからもよろしくお願いいたします♪
ちまり
2014/09/12 05:03
□■ちまりさん へ■□

こちらこそ ご訪問下さいましてどうもありがとうございます。
ちまりさんのご両親様も明治と大正の方とのこと。幼い頃は父のほうが厳しかったです。
日本人としてのお箸の持ち方から始まり、言葉使い、人前では正座なさい、等々...
うちは母の方が男っぽかったものですから(笑)
気の向かれた時にはお気軽に覗きに来て戴けるとうれしいです。 それでは、また。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/12 14:20
どこの誰にでも必ず歴史があるように小枝さんの父母にも当然歴史があるものです
安っぽいドラマや映画などに出てくる登場人物などには歴史も過去も持たされず薄っぺらな個性だけの人物になってしまう
小枝さんの過去を知ってしまった今、小枝さんの歴史が私の中で動き出しました(笑)
この物語は必ずハッピーエンドになるのでご安心を、多少の七転八倒はありますがその方が面白い!

あくまでも私の中だけのストーリーですがね(笑)

でわでわ
股旅
2014/09/12 16:12
□■股旅さん へ■□

こんにちは。いつもお気に掛けて戴きありがとうございます。

どなたにも自身のルーツがありますね。微々たる物でしたが相続の手続きで
両親の戸籍を曾祖父母の代まで辿らなければならなかったのですが…その作業行程は
両親の思わぬ歴史を私にひもどかせてくれることになり…まさにFamily Historyの展開でした。
事実は小説より奇なり≠ニはよく言ったものです。

《ダブルキャストもゲネプロも無い人生》
残りの時間を大切に 楽しく 精進していきたいと想っています。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/12 17:19
以前何かで見聞きしたことがあります
人は二度死ぬと

一度目は、肉体が終わる時
二度目は、人の記憶から消えた時

「なるほどな」と思い心に留まり今ここで思い出したのです
小枝さんは父母の生をのばしましたね

股旅
2014/09/13 05:10
お返事ありがとうございました♪

プルサティラ ヴルガリス(西洋翁草)って言うんですね!
素晴らしい〜!!
名前が分かってよかったです〜

本当に綺麗なお花・・・
ろびまま
2014/09/13 15:28
□■股旅さん へ■□

良い言葉を添えて下さってありがとうございます。愛する人へ寄せる想いが時間の流れには負けず
記憶に留まり続けてくれているのを感じます。愛が命を吹きこみ続けているのでしょうね。

ふと小山薫堂さんの『おくりびと』のワンシーンが想いだされています。
火葬場の職員であった笹野さんが吉行さんを荼毘にふすシーンで笹野さんが
「ここは、門です…」と・・・

肉体は借り物にすぎずとも魂は永遠ですね。別の世界へと旅立つ、そう想うと死は決して辛く
悲しいものではないと思えます。
私の夢枕に今でも時おり立つ両親に危険回避の暗示、助言を受けることがあります。
「相愛」がそこに無くばこのような夢は見ないだろうと。死して尚、両親に感謝している次第です。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/13 23:29
□■ろびままさん へ■□

こんばんは。私のほうこそこちらへのお返事をどうもありがとうございました。
西洋オキナグサとは言い得て妙な気がしました。 よーく見て戴くと分かるかと思いますが
ちょっとポピーの毛羽立ちに似ていて、まるで翁(おきな)の髭のように見事なものですから…(笑)
大きく撮れていますが実際は小さめなお花でそこが何とも愛らしかったです。
共感して戴けてとてもうれしいです。またよろしくお願いします。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/13 23:37
小枝さんこんにちわ。WOW!!!すごいブログです。いずれ回想録の本を出版するのも良いかもね。私の母も大正5年、九戸ではなく八戸生まれです。なんか親近感を覚えました。
裕馬
URL
2014/09/14 10:20
□■裕馬さん へ■□

こんにちは。今日はお越し下さいましてどうもありがとうございます。
裕馬さんのお母様も大正5年のお生まれで、しかも八戸とのこと。私も親近感を覚えました。

悠馬さんのブログも素敵です!私と同じブログパーツサイトをご使用の記事もあって
こちらでも(レイアウト思考)また親しみを感じている次第です。今後ともよろしくお願いします。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/14 13:19
 ちょっと忙しかった物で、回想録読む事が出来ませんでしたが、再度訪問させて頂き、回想録読ませて頂きました。主に戦前は、「口減らし」とか、「姥捨て」などが平然と行われていたようですね。(現代では通用しない課題かもしれません。)しかし、現代の親は、自分の生活の為に、子供を犠牲にする事を、苦にしないのかもしれませんね。(子供の幸せを願う親が少なくなったと言う事でしょうか?)
 現代と昔では、同じように見える事でも、その質が全く違うのかも知れませんね。
 「回想録」興味深く読ませて頂きました。ちょっと一冊の小説が出来そうな内容ですね。
藍上雄
2014/09/14 23:48
□■藍上雄さん へ■□

こんばんは。お立ち寄りとコメントをどうもありがとうございました。
再訪のうえに長い拙文にお付き合い下さいましてとてもうれしゅうございます。
「口減らし」「姥捨て」の話は亡母からよく聞かされたものです。それを思ったら
「お前(私を指し)はどれだけ恵まれた時代に生まれたか。それだけで幸せだと思いなさい」と。
「現代はほんとに子育てがしにくい時代になったと思うよ」と93になる叔母がよく云っています。
子供が子供をみるのが当たり前のような昔、兄弟姉妹から学ぶことも多くあったことでしょう。
小中学生の自殺、我が子への虐待と…親から頂戴した「生命の尊さ」があまりに希薄すぎますね。
人としての心の基盤の何かを、若い世代が欠いている。それはやはり私たち大人の責任かと。

放任と黙認の穿き違いに始まり、「権利」を主張する人は多く、「義務」を怠る人も多く…
お節介とお世話の境界で戸惑ってしまい、結局見て見ぬふりで居るだけだったり、と。
あまりにも混沌とした時代の今、アナログ人間であることの素晴らしさを感じる瞬間があります(笑)
両親の歳に日々近づいていく中、冷や酒のように心に沁みては効いてくるあの日の親の言葉・しぐさ
愛おしくて、寂しくて… それが私の指を動かしている気がします。

両親が私の遥か頭上から微笑んできている…その視線を今この瞬間も首の横辺りに感じられて。
物を書くことが子供の頃から好きだったこともあり
この歳にして漸く自由と呼べる時間も持て始めたのでここはのんびりと追記に追記を重ねながら
印象に残っている想い出を振り返ってみていけたらいいな、そう思っています。

お暇な時にでも是非またご笑覧にお越しいただければ幸いです。ご訪問ありがとうございました。
*小 枝(Blog管理人)* より
2014/09/15 01:20
こんばんは
ご無沙汰してしまっていて申し訳ありません。
激動の時代でしたね。
生きることに必死な時代でも
温かみがあったように思えます。
今の時代はその頃と比べると暮らしは豊かになったと思いますが
複雑な時代なったと感じています。
私はまだ子育て真っ最中ですが
一番上の子を育てていた時代と今はまた違った難しさを感じています。

お母様が話せるようになるまでにはきっと様々な葛藤があったのではないかと思いますが
伝えてもらってよかったですね。

詩のご作品も拝見させていただいておりました。
共感し心に響きました。
また拝見させていただくのを楽しみにしていますね。

寒暖の差が激しいので
御身体ご自愛なさってくださいね☆
ふりかけ
2014/09/23 21:20
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