自作詩   。.. 。.・* 母 の 背 *・. 。.. 。





















*-*-*



前掛け(1頭) と 割烹着(2頭)の “ 蝶 結 び ”

不器用な母の“それ”はいつも ゆがみ …

尉鶲(雌)の背に ふと 働きづめだった母を見る



*-*-*







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BGMにこちらのしらべを 選んでみました

よろしければお聴きになりながら

しばし お寛ぎください




*-*-*






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【 補 足 】




2017年夏より “ 写 真 詩 ” を試みております

“ 写 真 詩 ” は 自分の撮影した写真内に 短詩を直接印字している作品とし

“ 自 作 詩 ” は やや長めの詩で 写真内には印字せず

脇に添えるレイアウトを この名で分類
させていただいています

以前の自作詩は 外部から写真をお借りした作品が殆どございましたが

以後は 自ら撮影したものを主体(Collaborationを除き)として作成していく予定です



*-*-*



過去記事の“ 自 作 詩 ” は こちらから …

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テーマ “ 自 作 詩 ” の記事一覧



その中で 母にふれた作品は こちら …

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自作詩  * 母 へ … *




*-*-*



過去記事の “ 写 真 詩 ” は こちらから …

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テーマ “ 写 真 詩 ” の記事一覧










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*-*-*



週一のベビーシッター(孫)に出かける生活が8日から再開し私の2019年が始動しました

今月17日で ブログ開設から満6年を迎えます

花 / 心象風景などの写真で構成した記事に傾倒しそうでございますが

本年も お付き合い願えれば幸いです




2019-1-10 Thu.

- 小枝 -




*-*-*






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※記事内の各画像に そっとオンマウスしていただくとMessageがあらわれます


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- フロントガラス越しに撮影 : Xperia XZ2 -







【 緊急追記 】




都合によりコメント欄を閉じさせていただきます

コメントをお寄せいただいた皆さま方に 心より感謝申しあげます

以降は 月に1~2度程度の更新になる予定です

その旨も併せ 本日付でご報告させていただきます

何とぞ ご了承のほどよろしくお願いいたします




2019-1-11 Fri. 15:45

- 小枝 -







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*-*-*


拙詩に どこかリンクしてやまぬ

こちらの歌を添えさせていただくことにいたしました




2019-1-15 Tue.

- 小枝 -





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【 お詫び と お知らせ 】




都合(※頸部脊柱管狭窄症の悪化)により急遽 閉じさせていただいたコメント欄を

ただいまから ふたたび開かせていただこうと思います

つきましてはゆっくりと いただいたコメントへのお返事を記させていただきます

如何せん ※による疼痛からPC作業をなるべく控えているため

皆さま方をご訪問させていただいてのコメントが かないません

その点をご容赦のほど 何とぞよろしくお願いいたします




2019-1-16 Wed. 21:00

- 小枝 -










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この記事へのコメント

  • 気楽人

    お写真のジョウビタキの背中は確かに母上の背中の
    ような寂寞とした哀愁が漂っているようです。
    母は偉大です・・・。

    小枝さんのブログを拝見するようになったのは最近の
    ことですが横浜のランドマークタワーとか横浜の写真
    がよく出てきますね…横浜にお住まいなんでしょうね。
    当方も一応、横浜です…鶴見ですが…何か親しみを感じ
    ます。(笑)
    2019年01月10日 15:28
  • ごろー。

    蝶は一頭二頭と数えるのですね。
    知りませんでした。

    なるほど、お母様のかっぽう着のちょうちょ結びに…。

    面白い発見ですね。
    2019年01月10日 16:36
  • eko

    こんにちは!
    彼岸に逝ってしまった母の懐かしい姿が浮かびます。昔は割烹着に前掛けの蝶々が背中にありました。時に綺麗な蝶が停まっていたり、急いでいると斜めの蝶になっていました。今はエプロンをすることがなくなり情緒が無くなりました。
    背中の蝶結びを蝶に例えてつくられた詩に母に懐かしさと愛おしさを感じました。
    2019年01月10日 17:50
  • すずりん♪

    お母様の前掛けと割烹着の後ろ姿。
    優しさと温かさと哀愁があるような。
    小枝さんの見方、感じ方素敵ですね。
    2019年01月10日 17:53
  • 藍上雄

    母の背中の蝶が、前掛けと割烹着の蝶結の事だったと言うのは、一寸した意外性ですね。でも、母で有っても、女性としての可愛らしさを持っている。蝶結の形が歪なのは、自分で結んだからなのでしょう・・・。それとも、老いて行く様子を表現したのかな・・・。少し哀愁を感じます。
    2019年01月10日 18:09
  • きょんたん

    こんばんは。
    ブログ満6周年おめでとうございます。
    お孫さんのベビーシッターも再開されたとか、暮らしていると色々と事があり
    そのことが当たり前と思える生活になるのは誰がではなく自分が受け入れることで始まるのですよね。
    お母さんの背中にとまった2頭の蝶もまたその当たり前の姿を後ろからじっと見つめてくれていたのでしょうね。。。
    2019年01月10日 18:49
  • yasuhiko

    いびつな蝶…何だろうなと思ったら、
    前掛けや割烹着の蝶結びの事でしたか。
    なるほど、ある時代の風景が蘇りますね。
    お母様のお人柄や、生き方そのものまでが、
    そこに感じられるような気がしました。
    2019年01月10日 20:38
  • あこ

    ブログ開設6年 おめでとうございます。
    おかあさまの詩、いいですね。
    私の母はいつも一生懸命働いていました。
    自分の楽しみより家族のために動いてました。
    大変だったと思うけど、明るい笑顔しか
    思い出せません。
    早く亡くなった母のぶんも長く生きて頑張ります。
    素敵なお花の写真も楽しみです。(*^-^*)
    2019年01月10日 20:58
  • わけい

    「母の背、いびつな蝶、夏は1頭、冬は2頭」一体何の事だろうと、しばらく考えましたが、
    全く分かりませんでした。
    すぐ下に、説明があって、驚きました。「うまい!」
    ものすごく感動しました。
    2019年01月10日 22:29
  • デミ

    こんばんは。
    コメント頂き、有難うございました

    母の背中、オイラも目線を変えて見てみたいと小枝さんのブログで感じさせられました

    非常に凝ったブログで、実にお見事でしゅねっ ほんのりさせられましたぁ~

    ナイス!…☆
    2019年01月11日 02:28
  • ☆おばちゃま

    おはようございます。
    ブログ開設6周年おめでとうございます。
    私の母を思い出しました。
    今年7回忌に当たります。
    働き者の母でした。
    お孫さんのベビーシッター再開との事
    私も今日行ってきます。
    楽しい週末を❗
    2019年01月11日 07:15
  • nibari1498

    亡きご母堂を思い起こす素晴らしい詩です。
    ただ最後の行「自分をそう諭していた」がやや意味不明な気がします。

    私の母もかっぽう着を着て炊事をしていた姿を思い出します。
    母にまつわる場合、一番はくけ台と着物を縫っていた姿。火鉢に入れたコテ。

    小枝さんの詩で私も亡き母の姿が急によみがえりました。
    昭和時代の母は素晴らしかったの一言につきます。
    今でも尊敬しています。
    2019年01月11日 08:23
  • 信徳

    ショウビタキの背の模様をエプロン、割烹着の結び目と結びつけた
    発想が素晴らしいです。
    一つ質問です。
    最初からショウビタキの背を狙って写真撮ったのでしょうか?
    それとも失敗で撮れてしまった背を画像として使ったのでしょうか?
    2019年01月11日 08:58
  • miki

    早速のご訪問ありがとうございます~

    素敵な詩ですね!
    蝶に見立てた結び目、素晴らしい着眼点
    流石小枝さんですね!!
    かっぽう着姿の母~思い出しました
    今はエプロンもしないですね~~

    現代は、昭和の日本にあった温かさが、少しずつ失われていくような
    寂しさも感じますね
    ~そんな昭和を語り伝えていくのも私たち世代の役目でしょうか……。
    2019年01月11日 14:35
  • ジュン

    自作詩
    素敵ですね
    遅くなりましたが
    今年もよろしくお願い致します
    2019年01月11日 15:13
  • 気楽人 さん へ*小枝 拝

     気楽人 さん

    こどもは親の背中をみて育つ… そのような言葉があらためて心のなかで泡となって浮かんできたような想いです。
    尉鶲の丸みを帯びた小さな背に母を垣間見た想いでした。
    コメント欄を再開させていただきました。お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 21:21
  • ごろー。 さん へ*小枝 拝

     ごろー。 さん

    この詩をつくるに際して私も蝶の数え方を再確認したしだいです。
    日本人の細やかな表現がこんなところにも活かされているのを感じました。
    割烹着の上の紐は“最初に結んでから被る”ので蝶結びは少し ましなのですが下の紐は後ろ手で結ぶためいびつに…
    不器用な母の手がやさしく私の長い髪を三つ編みにしてくれる時の間隔が今でも甦ってまいります。
    コメント欄を再開させていただきました。お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 21:27
  • eko さん へ*小枝 拝

     eko さん

    お母様の想い出へとこの拙詩を繋げていただけたご様子でとてもうれしいです。
    蝶結びを後ろ手で美しく結べる女性を私は今でも尊敬してしまいます。不器用な母でしたが時にはまるで後ろにも
    眼があるかのようにして子供の私の動向を把握していてくれたことを覚えています。
    母親という存在の偉大さを あらためて感じてしまいます。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 21:35
  • すずりん♪ さん へ*小枝 拝

     すずりん♪ さん

    近年ではエプロンの人気に押されて特にお若いママさん方で割烹着や前掛けをされている姿を見る機会は
    殆どなくなってきたように思います。エプロンでも蝶結びが必要なタイプのデザインもたまに見かけることはありますが。
    娘としてまず教わったことが蝶結びだったような…?そんな想い出も紐解きながらこの一篇がうまれました。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 21:42
  • 藍上雄 さん へ*小枝 拝

     藍上雄 さん

    母はどことなく大雑把な性格であったようです。意固地になり執着するのは自分が損をすると…
    どちらかといえば父のほうが繊細でした。結べているならば形などに拘らなくてもいいというような母でした(苦笑)
    気丈な母が加齢につれその背も小さく丸みを帯び始め 強気な性格に変化が見られた日 哀しかったのを覚えています。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 21:53
  • きょんたん さん へ*小枝 拝

     きょんたん さん

    ブログ開設から明日17日で満6年になります。ここまで続けてこられましたのも皆さまとのご交流の賜物と思えています。
    稚拙な持論ですが… “あたり前は あたり後ろを見よ”と自分にいっています。
    あたり前だと感じていることは決してあたり前なことではないのだ。誰かの支え/努力があって成り立っているんだよと…
    母の背を見ながら育ったことでそのような持論が いつしか心の奥に備わっていました。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 21:58
  • yasuhiko さん へ*小枝 拝

     yasuhiko さん

    昭和30年代~40年代が私の幼児期でした。割烹着と前掛けは 商売(飲食店)をしていた母のユニホームでもあり…
    汚しては日に複数枚着替えることもありました。頑固な油汚れはどんなに洗濯をしても落ちなくなっていて。
    白地に油ジミのある前掛けや割烹着が何枚もあったことが思いだされています。
    「働けども 暮らしは楽にならないけれども私は幸せだよ」それが母の口癖であったような気がします。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 22:07
  • あこ さん へ*小枝 拝

     あこ さん

    明日17日でブログ開設から満6年。ここまで続けてこられましたのは皆さま方とのご交流の賜物と心より感謝しています。
    あこさんのお母様も一生懸命に働かれていらしたとのこと。そのお姿が目に浮かんでまいります。
    私の結婚後まもなく父が倒れ 母もまた癌におかされながら父を介護。弱る体に鞭打つようにして店を営んでいましたが。
    余命3ヶ月の宣告どおり天に召して逝きました。どうみても幸せとはいえない生活の中で
    “今の幸せに気づけないことが不幸せなんだよ”と豪語していた母でした。
    この世で『“母と呼ばれし女性たち”の何たる強いことか…』そのような想いをあらためて感じています。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 22:20
  • わけい さん へ*小枝 拝

     わけい さん

    蝶結びが私は上手ではありません。母が自分は不器用だからといいながら 私に教えてくれた結び方。
    大きくなったら ちゃんとできる人から教わるといいと言い添えてくれていた母でした。
    自分の不器用さを娘には倣ってほしくなかったのでしょうが私も不器用に育ちました(苦笑)
    蝶結びと折り鶴の翼や嘴がぴん!と 真っすぐに重なり合って折れる方を尊敬してしまう自分がいます。
    コメント欄を再開させていただき お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 22:26
  • デミ さん へ*小枝 拝

     デミ さん

    ほんの少し視点を変えるだけで世界が違ってみえます。高さも然り角度も然り。気づけなかったことに気づけたりします。
    心の視点に在ってもそれはいえるのだと思います。浅い呼吸を繰り返していた心が大きく深呼吸をした時…
    違うテイストの空気が胸に取りこまれてくるのを感じます。わずかなゆとりでもリフレッシュできたと
    そう思える瞬間 々を 大切にしていこうと思っています。
    コメント欄を再開させていただきました。 お返事が今となりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 22:36
  • ☆おばちゃま さん へ*小枝 拝

     ☆おばちゃま さん

    ブログ開設から明日17日で満6年になります。現在でも満足のいく記事作りはできていませんが7年目に向けて
    また少しでも向上できる伸びしろを感じられる自分でありたいと思っています。
    お母様のご逝去から今年が七回忌とのこと。私の母は他界してから今夏で31年が経ちます。今年の初夢は母でした。
    それがこの詩へつなげてくれたような気がしています。時がどんなに降り積もろうと母親の愛は褪せませんね。
    コメント欄を再開させていただきました。 お返事が今になりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 22:43
  • nibari1498 さん へ*小枝 拝

     nibari1498 さん

    お母様の姿を拙詩から思い浮かべていただけたご様子でうれしく思います。
    アイロンといえば母も焼き炭を入れて私の服のしわを伸ばしてくれていたことがあったような気がします。
    扇風機もなかったので夏は毎夜団扇で仰いでくれていました。風のくる感覚がまだらで しだいに間が空くのを感じ…
    その心地良さを今でも覚えています。
    体の弱かった父を支え細々と飲食店を営みながら生計を立てていた母。6畳の雨漏りのする借家生活で母はときに
    自分の体も顧みず働きづめでしたが愚痴も溢さぬどころか“幸せはいつだってここにある。気づけないことが不幸せなだけ”
    そう自らにいっている母の姿を見て育った私です…
    ご共感いただけない部分(意味不明と感じる行)が含まれていた場合には Throughにてお願いいたします(苦笑)
    コメント欄を再開させていただきました。 お返事が今になりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 23:06
  • 信徳 さん へ*小枝 拝

     信徳 さん

    以下のご質問についてですが…
    >最初からショウビタキの背を狙って写真撮ったのでしょうか?
    それとも失敗で撮れてしまった背を画像として使ったのでしょうか?

    かねてより野鳥の撮影に憧れておりまして。年末に庭に訪れた尉鶲を発見。急いでデジカメを手にして
    そーっと室内の窓をあけ急遽2枚撮影したうちの1枚がこのショットです(もう1枚は手ぶれにつき却下しました)
    詩を作ろうとして撮影したのではありません。実は今年の初夢に母が逢いにきてくれまして…
    初夢の背景がありこの写真を見つめていたところ母が前掛け/割烹着姿で働きづめの姿が目に浮かび拙詩になりました。
    コメント欄を再開させていただきました。 お返事が今になりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 23:17
  • miki さん へ*小枝 拝

     miki さん

    昭和の良き物たちがひとつまたひとつと姿を消していく様が哀しくもありますね。それを少しでも語り継いでいくのは
    記憶のある私たちの務めと私も思います。デジタル化に歯止めがかからない現代に在って“心のコア”の部分はアナログで
    在り続けてほしいような気がしています。数字で測り簡単に処理することのできないもの=人を形成する基礎となる心。
    時代の移り変わりにそれまでもが全面リンクしていくことのないよう願っています。
    コメント欄を再開させていただきました。 お返事が今になりましたことを深くお詫びいたします。
    2019年01月16日 23:24
  • ジュン さん へ*小枝 拝

     ジュン さん

    いつもお立ち寄りいただきましてどうもありがとうございます。
    頸椎の疼痛に悲鳴をあげPC作業を控えるようにしているため思うようにお訪ねできませんが
    せめて自身の記事にお寄せいただいたコメントにはお返事させていただこうと11日に閉じ当欄を再開いたしました。
    お返事が今になりましたことを深くお詫びするとともに 遅ればせながら本年もよろしくお願いいたします。
    2019年01月16日 23:29
  • わらび

    小枝さんのお母様の割烹着のお話から 昔、割烹着姿で商売をしていて、朝早くから 眠るまで忙しく立ち働いていた 実家の母親の姿が、ありありと思い出されました。
    子どもの頃、全然 構ってもらえなくて、たまに 抱きついて、ジーっとしていると母の温もりを感じることができました。
    母は、今はもう 認知症で子どものようにしていますが、 そんな時もあったなぁと本当に懐かしく思い出されました。
    2019年01月18日 20:35
  • わらび さん へ*小枝 拝

     わらび さん

    わらびさんのお母様もご商売をされていらしたのですね。体の弱かった父を抱え私の両親は細々と小間物雑貨(父)と
    ほんの数席の飲食店を営みながら生計を立てていました。小学校の入学式には父が付き添ってくれただけで
    商売で忙しくしていた母は学芸会も運動会も母が見に来てくれた記憶は全くといってよいほどありません。
    人見知りの激しい引っ込み思案な子供だったものでいつも母の前掛けや割烹着の裾を掴んでいた気がします。
    働いても働いても楽にならない暮しのなかに在っても“あたしはこれで幸せだよ”と。自分の体が悪くなっているのに
    父のことを案じて自身を蔑ろにしているような人でした。そんな母を見ながら育った私です。
    両親の他界からどちらも30年余年… 送られる側にまわった自分を感じながらもせめて母よりも一日でも長く生きて
    娘や孫と過ごせる時間をもちたいという気持ちでいっぱいです。
    親の意見と冷酒はあとで効くという言葉をしみじみ実感できるようになった今。私と両親との待合わせ場所は
    「天国でね…」と この初夢で逢いにきてくれた母に告げましたーーー
    親ってほんとうに有り難い存在ですね。わらびさん どうかお母様を大切にしてさしあげて下さい。
    今宵の温かなコメントに感謝いたします。どうもありがとうございました。
    2019年01月18日 21:44
  • peko

    心に響く素敵な詩ですね...
    詩を読ませて頂きながらそう言えば
    私の母の背にもいつも蝶がいました^^;
    幸せはそこにあったと
    今更ながら思い返しております。。
    突然の別れに現実を受け入れられずに
    母の命日も思い出せない日がずっと続き^^;
    今でもその頃の記憶が曖昧^^;
    もっともっとたくさんのことを母から学んだり
    おしゃべりをしておけば良かったと。。
    今は...娘とたくさんおしゃべりをしておこうと思う今日この頃です^^
    本当に素晴らしい詩を有難うございます。
    2019年01月21日 07:41
  • peko さん へ*小枝 拝

     peko さん

    こんにちは☀

    「人生 上(贅沢な生活)を見たらきりがない。人間の欲は計り知れないけどあたしはこれでじゅうぶん幸せ」
    母はそんな思念を胸に からだの弱かった父と夫婦二人三脚で細々と商店を営んでいました。
    「風邪が全然治らないのよ」と母。お医者さんを替えてみたらと奨めたところ2人目の医師に
    末期癌で余命3ヶ月の宣告をうけた1988年5月… 既に寝たきりになっていた父と幼い娘をかかえ3ヶ月間の
    ホスピス通い(鎌倉)をするなかで母との永遠の別れへの想いを固めていかざるを得なかったのが悲しかったです。
    ホスピスの洗濯室や屋上でひとり泣いていたのを思いだします。母には胃潰瘍だから根気よく治療をすれば治ると嘘を。
    病室での会話は貴重な時間なのに面会に行っては芸能界のゴシップや他愛のない話で濁してしまい
    ほんとうに話したかったことを避けて通っていたことが悔やまれてなりません。
    すみません pekoさんのお母様との想い出から 自分のそれに移行してしまいました。
    あと10年で母の亡くなった歳になる自分。残された母娘の時間を私も大切にしていきたいと思います。
    こちらに心温まるコメントをほんとうにありがとうございました。
    2019年01月21日 11:25
  • 股旅

    久しぶりに『パッチアダムス』を見ました
    オープニングのナレーションでこんな事を言っています
    「人生は帰郷の旅、さまよいながら帰る家を探している」と

    それは、人によって違うのだと思います
    私にとっての『家』は『母』ではないか、幸い未だ健康な母ではありますが己の年も考慮すると楽天的にはなれません
    「会える時」ではなく「会いに行く」を肝に命じ出来るだけ早く逢いに行きたい!
    そして膝枕で耳かきをしてもらおう
    50を過ぎたおっさんでもまだ甘えたいのです
    心の声だだ漏れしてましたかね(笑)

    そんな事を思いました。
    でわでわ
    2019年01月22日 01:10
  • 股旅 さん へ*小枝 拝

     股旅 さん

    こんばんは☆彡

    お元気になられたようで安心しました。
    今日は火曜日。ベビーシッターから先ほど戻りました。頸に激痛が走っていますがでも後もう少し辛抱を…と。
    そう自身に言い聞かせています。今年の初夢で母が逢いにきてくれたことがこの詩になりました。
    実母を知らずに育った私ですが 母の逝った歳に私が追いつくまで10年をきりました。
    “子供とともに人間と成長していく「親」という生き物”になれて その親の心(真)情を学べたことに
    感謝きれないほどの喜びと人生の価値を見出せた気がしています。どうか率先してお母様に会いに行かれて下さい。
    今日はこちらにお越し下さってどうもありがとうございました。お仕事くれぐれもお気をつけ下さい。
    2019年01月22日 23:09
  • ふりかけ

    「母の背」のご作品心に響きます。
    背中に止まった いびつな蝶に母の生活も感じさせられます。
    母になってから気づく気持ちもありますね・・・
    女の人は結婚し子どもが生まれると一人だけの生活ではないので大変だと感じます。
    母の背に色々な思いが語られていると感じます。

    ブログ開設6周年もおめでとうございます!!
    素敵なブログにいつも心惹かれます。

    お身体もお大事になさってくださいね☆
    2019年01月27日 17:28
  • ふりかけ さん へ*小枝 拝

     ふりかけ さん

    こんばんは☆彡

    親の背を見て子は育つという言葉が示すように 子供だったころ印象に残っている母の姿というと
    前掛けと割烹着をしているその後ろ姿です。私の母は飲食店を営んでいたので前掛けは殆ど二枚重ねでした。
    また冬の割烹着も その下に前掛けをする日も多々あったように記憶しています。油染みや食器洗いの水ハネで
    前掛けも割烹着は忽ち汚れ… 母と同じ格好をしたがり子供用の白いエプロンを買ってもらいそれを身につけて
    ご満悦な自分の写真を見たことがあります。子供はなんでも親の真似をしたがるものですね(笑)
    背中でそっと語ってくれていた人生の歓びと苦しさ。母親がもつ“耐え忍ぶ強さ”に改めて涙があふれます。
    今日はこちらへお越し下さりそしてまた拙ブログ6年目の祝コメントもお寄せいただきほんとうにありがとうございます。
    ふりかけさんも どうかお身体を大切にお過ごし下さいませ。
    2019年01月27日 19:35
  • ログの大好きな徳さん

    母が年老いていくと 子供に帰っていくようです。 
    母だけでなく 私を見る目も 子供に帰っているようです。
    子供の時のように送り出す・・・あれは持ったね。忘れもんはなかね。
      ・・・と 生き生きとした声で 背後からかかる声。
    愚痴が多くなり 一方的に突然話し始めます。そうして年老いていくようです。
    今年 残すところ5年で 100歳です。
    大病は患ったことがなく 子どもの頃は病弱だったと言ってます。
    人それぞれに天から賜った命の泉です。あとどの位残っているんでしょう。 
    年老いたお土産に 体中の痛みに泣くのは、定めかも知れません。
    2019年01月30日 04:35
  • ログの大好きな徳さん へ*小枝 拝

     ログの大好きな徳さん

    こんにちは☀

    お母様のお姿が目に浮かんでまいります…
    私の母は72歳のときに癌で31年前他界しました。父はその3年後に82歳で逝きました。
    亡くなる半月前ほどから母はそれまでの気丈さから解放されたかのように一人娘の私に甘えてきました。
    それでも意識が混濁する直前まで 母はすべてのことをわかっていた思われます。
    「自分はもう助からないのでは?」という疑問を私にカマかけてきた瞬間を今でもわすれることができません。
    生まれたときに渡される片道切符。有効期限がいつまでなのか神のみぞ知るのでしょうか。
    順送りの世界に在って 私と同じように一人娘であるわが娘に私のしたつらい想いは少しでも軽減させてやれるよう
    終活を始めようとしている今日この頃です。
    今日はこちらへお母様の想いをお寄せ下さいましてどうもありがとうございました。お話 とても心に響きました。
    2019年01月30日 12:03